「テロや紛争のない世界」を目指して――永井陽右『紛争地で「働く」私の生き方』レビュー

日本で過ごしていると、8月は特に太平洋戦争や「平和」というものに想いを馳せる機会が多い。終戦から78年の時が経過した2023年、政治の話題や世界情勢といった様々な要因が絡み合い、日本でも「平和」「戦争」というテーマが語られる機会はこれまで以上に増えているように感じている。

様々な意見が噴出していたが、2023年は5月のG7広島サミットの際に各国首脳が原爆資料館を見学し、原爆死没者慰霊碑で献花を行ったことが報じられ、先日は横浜DeNAのトレバー・バウアー投手が原爆ドームを訪れたことも注目を集めた。

個人的な経験ではあるが、昨年8月、とある仕事で沖縄を訪れた際に平和祈念公園へ足を運んだ。公園内の平和祈念資料館には写真や映像、遺品の展示があり、沖縄戦の悲劇を伝えている。

言うまでもなく予備校講師というのは言葉を通して他者に様々なことを伝える職業である。しかし、資料館で展示を見た際、そして見終えた後に糸満の海へ目を遣った際に抱いた感情を的確に表現する言葉を私は未だ持ち合わせていない。

世界には“生”の声にしか伝えられないものがあるのだろう。
それは”物”であれ、当事者や現地にいる者の”言葉”であれ――。

本書はそんな”生”の声を伝える壮絶な記録である。

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「テロや紛争のない世界」を目指して

著者の永井陽右氏はテロと紛争の解決に取り組むNPO法人アクセプト・インターナショナル(英名:NGO Accept International)の代表理事。
NPO法人アクセプト・インターナショナルは主にソマリアやイエメンなどの紛争地でテロ組織からの投降兵や逮捕者たちの社会復帰支援を行う団体である。

彼らの活動拠点の一つであるソマリア。海賊の話題で日本でも一時注目を集めたが、最近ではあまり報じられていないように思われる。この30年ほどのソマリアを簡単に振り返ってみたい。

1991年、バーレ政権の崩壊により国内は混乱に陥り内戦状態に陥り、各地で戦闘が激化。
その後2005年に暫定政府が樹立されたが、2006年にはイスラム主義反政府勢力「イスラム法廷連合」が台頭し、国内の広範な地域を支配。同年12月には暫定政府が首都モガディシュを奪還したものの、反政府勢力の一部が「アル・シャバブ」を結成した。
2012年には新政府が発足し、その後も国際社会との協力を通じて人道支援や経済再建の努力が続けられたが、アル・シャバブによるテロは依然として頻発しており、政治的安定化の過程は依然として困難を極めている。

NPO法人アクセプト・インターナショナルの前身「日本ソマリア青年機構」はこの地での活動を開始した。なお、日本ソマリア青年機構での出来事は『僕らはソマリアギャングと夢を語る』(英治出版)に詳しい。

テロ組織からの脱退を導く活動

当然のことながら、本書の内容は決してテロ組織・活動を擁護するものではない。
しかし、ソマリアでテロ組織に加入するきっかけは人それぞれであり、思いも様々であるようだ。

たとえば、テロ組織の支配領域にいる子どもたちは、それだけで拒否権などなく戦闘員として動員されるのだという。
彼らは組織を抜けたくても抜けられない。テロ組織からの脱退はすなわち死を意味するのだ。

そんな彼らに対して「投降ホットライン」を設け、綿密な計画を立てながら投降を実現させ、脱過激化プログラムを通して社会復帰を実現させていく。永井氏たちの活動の一つはこうしたテロ組織からの脱退を導くというものである。

「日本から憎しみの連鎖を解いていく」

紛争の最前線の、隣には常に死が横たわっている現場で行われるこうした活動の緊張感は、本書を開いてすぐ目に飛び込んでくる。成功ばかりではない投降兵の受け入れ、「はじめに」であたかも当然のことのように語られる紛争地での事故の仮定など……。彼らの活動を知ったときから頭ではある程度理解していると思っていたはずだったが、自分の認識の甘さを突きつけられる気分だった。

本書の中にあるのは綺麗事ばかりでない"生"の記録である。テロ組織からの脅迫は日常茶飯事で、常に死と隣り合わせの中で遂行される活動。仲間も含めた多くの人々の命が奪われていった経験……。

他の人道的支援組織が中立を守る中、当事者たちと共に生きていこうとする自分たちの活動は「人道的な支援組織ではないのではないか」という苦悩を抱え、厳しい現実と向き合いながら、それでも彼らの「憎しみの連鎖を解く」ための活動は続けられている。

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