合格者よりも不合格者に目を向ける――中学受験生への進路指導

自由が丘、三田の中学受験専門塾、スタジオキャンパス代表の矢野耕平先生が、主に国語指導者に向けて発信する新連載「中学受験の現場から」。日頃、自身の指導科目や中学受験生たちと向き合う中で矢野先生はどのようなことを考えているのか――。

今回は「中学受験生への進路指導」をテーマに矢野耕平先生が志望校クラス担当者として2度目の中学入試のときの経験から学んだ教訓をご紹介します。

志望校別クラス担当者として2年目を迎えて

なんだか久しぶりの寄稿になってしまいました。
中学受験専門塾スタジオキャンパス代表の矢野耕平と申します。

Educational Loungeでは国語指導者向けの記事を公開するつもりでしたが、今回は指導科目に関係なく、中学受験・高校受験・大学受験に携わる塾講師・予備校講師、特に若手の先生方に読んでほしいと願い、この記事を執筆いたしました。
わたしは今年で塾講師歴27年目を迎えていますが、自身のこれまでのその歴程を振り返ると、その時々にいくつかのターニングポイントを認めることができます。

数回に渡る連載記事では、それらのターニングポイントのひとつを話の糸口にして、講師が持つべき子どもたちの受験校選定のスタンスについて持論を展開してまいります。

わたしはかつて大手進学塾に勤めていて、いわゆる「女子御三家」の1校を志す受験生を集めた日曜志望校別クラスの国語指導を務めていました。いまでこそ中学受験でも著名な塾になりましたが、そのころは難関校を目指す子どもたちはまだ少数の塾でした。

この話は、その志望校クラス担当者として2度目の中学入試を迎えたときのものです。わたしは当時25歳でした(……ということは23年前のことですね)。
初めてこの志望校クラスを担当した前年度、ターゲットにする学校の「合格実績」は散々なものでした。18名が受験して合格者は4名。このままではいかんと、スタッフ間で打ち合わせを繰り返したり、教材・テストの全面改訂をおこなったりしました。
そして、入試本番を終え、合否発表の日を迎えたのです。

「不合格だった3名のことを考えたら喜べるわけはないだろう?」

合格掲示板の前で、わたしは担当していた子どもたちの受験番号の照合をおこないました。
その結果はどうだったでしょうか。

21名のうち18名が合格。当時のこの学校の実質倍率は3.5倍程度でしたから、「大成功」です。前年の苦しさを考えると、胸にこみ上げてくるものがありました。わたしは思わずその場でガッツポーズをしたのです。

そのときです。
わたしの歓喜する様子を見た先輩の算数講師がわたしに近寄ってきました。
そして、冷ややかにこう言い放ったのです。

「お前、最低なやつだな」

彼はこう付言しました。
「不合格だった3名のことを考えたら、喜べるわけはないだろう」と。

そう言われたわたしは内心こう思ったのです。
「全員合格しなければ喜べないなんておかしくないか? この人は一体何を格好つけているんだ……」

駅のホームで見た光景

気まずい雰囲気のまま、わたしは合格掲示板を背にして、勤務先の校舎に向かいました。
そして、その学校の最寄駅のホームを歩いていたときのこと。
突然、その光景がわたしの目に飛び込んできたのです。

ホームに設置されたベンチにうずくまった女の子が、あたかも全身を震わすかのようにして号泣していたのです。
傍らにいる母親と思しき女性が、その子の肩をやさしく撫でています。

そうです。先の学校を受験して不合格になってしまった受験生にちがいありません。
女子御三家と形容される難関を本気で目指していたのですから、彼女はきっと長い年月をかけて受験勉強に励んできたにちがいありません。だからこそ、心の底から悔しさがこみ上げてきたのでしょう。ひょっとしたら、いままで自分を支えてくれた周囲の人たちへの申し訳なさもあったのかもしれません。

彼女はわたしの指導している子ではありませんでしたが、わたしを打ちのめすのに十分な出来事でした。
「この子が不合格だった3名の教え子たちの中にいても不思議ではないのだ」
そう感じたわたしは、先の自身の言動の愚かさとその卑小さにはじめて思い至ったのです。

「不合格者」に目を向けるということ

この出来事は塾講師としてのわたしにとって大きなターニングポイントになりました。

入試後の塾講師がとるべきスタンスとして正しいのは、合格者よりも不合格者のほうに重きを置くことだと考えるようになったのです。
このスタンスはいまでもわたしの経営する塾の文化のひとつになっています。

わたしの塾では「進学先」の確定した子、その保護者の来訪を入試期間が終わるまで遠慮してもらっています。わたしたちが入試期間になすべきは、合格者に「おめでとう」の声をかけることではないのです。不合格を突き付けられて打ちひしがれている子どもたちを明日の入試に向けて全身全霊で支えていくことなのです。

そして、この考えは自身の「進路指導」の在り方にも大きな影響を与えました。
次回の記事はその点について書いていきます。少々お待ちになってください。


「中学受験の現場から」記事一覧
第一回 記述作業こそ読解の基礎である――中学受験生への記述指導
第二回 語彙力・記述力向上に役立つ「ことばしらべ」―中学受験生への記述指導
第三回 記述の添削で指導者が気をつけたいこと——中学受験生への記述指導
第四回 合格者よりも不合格者に目を向ける――中学受験生への進路指導

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