平安神宮~近代に創られた京都総鎮守の社~【佐京由悠の京都の歩き方】

お疲れ様でございます。
大人の修学旅行「佐京由悠の京都の歩き方」、第9回目は平安神宮を取り上げます。

さて、この平安神宮、創建はいつでしょうか。
「平安」神宮というくらいですから、そりゃ「平安」時代でしょう!・・・と思いがちなのですが、違います。
この平安神宮、創建は1895年、明治で言うと「明治28年」、近代になって創られた神社なのです。
まずはその歴史から見ていきましょう。

平安神宮の歴史

【歴史】
(1895)桓武天皇を祭神として創建
(1895)第4回内国勧業博覧会が京都で開かれる
時代祭の原型となる「時代風俗行列」が行われる

(1940)孝明天皇を祭神に加える→大幅な増改築
(1944~49)時代祭中止
(1976)放火事件
(1979)復興が完成→現在の姿に

平安神宮は1895年、桓武天皇を祭神として新しくつくられました。
これは平安遷都1100年記念事業の一環です。

なるほど、平安遷都は794年、その1100年後が1894年ですよね。

1894年といえば、日本がはじめて経験した近代的戦争である日清戦争が始まったころ。
そしてその戦争は1895年4月の下関条約で終結します。まさにそのころ、この平安神宮が誕生したわけです。

☆日清戦争についてはコチラ

 

桓武天皇を祭神に

明治初期の京都は幕末の動乱東京奠都を経て、衰退の一途をたどっていました。
そんななかでの、言ってみれば「町おこし事業」の一環として、平安京に遷都した天皇である桓武天皇を祭神として神社を創建した、ということになります。

Point 桓武天皇
渡来系氏族の子孫である高野新笠光仁天皇との子で、平安時代最初の天皇。
平安京に遷都したことで知られる。
奈良時代に変質していた律令制の改革を積極的に行ったり、最澄を重用したりした。

☆桓武天皇についてはコチラ

 

内国勧業博覧会

また、年表にあるように1895年、第4回内国勧業博覧会が京都で開かれました。

Point 内国勧業博覧会
産業振興、輸出品育成を目的とした政府主導の博覧会。
全5回開催され、1877年に行われた第1回のものが有名。初代内務卿である大久保利通の提案で行われた。
大学受験生であればガラ紡(臥雲辰致)を思い出してほしい。
開催地は第1回~第3回は東京・上野公園、第4回は京都・岡崎公園、第5回は大阪・天王寺今宮であった。

☆ガラ紡についてはコチラ

この内国勧業博覧会が京都で開催されるということで、この目玉事業として平安京遷都当時の大内裏の一部が復元されました。
平安京大内裏の朝堂院を模して社殿がつくられたのです。

のちの時代祭の原型「時代風俗行列」

また、このとき、のちの時代祭の原型となる「時代風俗行列」が行われました。

Point 時代祭
葵祭祇園祭とならぶ京都三大祭りの一つ。
桓武天皇が平安京に入ったとされる10月22日に(曜日に関わらず)開催を固定。
京都御所から平安神宮までを桓武天皇と孝明天皇が京都の繁栄を見て回るという体裁で行われる行列。
戦局悪化のため1944年から49年まで中止。
2017年の台風接近の際に予備日を含めて完全中止(天候悪化を理由としたものでは史上初)。
2019年には天皇即位の礼との重複を避けるため26日に変更、2020年には新型コロナウィルス感染拡大防止等の影響から行列は中止し、神事は縮小して行われた。

 

孝明天皇が祭神に加えられる

さて、この平安神宮、大きな変化があったのは1940年です。
この年、平安神宮の祭神に孝明天皇が加えられ、大幅な増改築が行われます。

Point 孝明天皇
江戸時代最後の天皇。
アメリカとの通商条約の締結に強く反対。
大老井伊直弼は孝明天皇の勅許を得ずにこれを締結した(違勅調印)。
公武合体策の一環として孝明天皇の妹和宮が将軍家茂の妻とされた。

なぜ、幕末の孝明天皇が祭神に加わったのでしょうか。
まず、この孝明天皇は「平安京ですごした最後の天皇」です。
そして、1940年という年代も、当時の大日本帝国にとって重要な意味がありました。
それは、1940年、つまり「昭和15年」は「皇紀2600年」にあたる、とされたことです。

Point 皇紀2600年
「皇紀2600年」とは、1940(昭和15)年が「日本の初代天皇である神武天皇が即位してから2600年目にあたる」という意味。
1935年頃から言われはじめ、そのころから全国各地で記念事業が行われた。
例えば神武天皇ゆかりの奈良県橿原神宮の整備などであるが、その「事業」の担い手は奈良県に修学旅行で出かけた生徒たちの「勤労奉仕」であった。
さらに1937年から始まる日中戦争の長期化によって疲弊する国民をよそに、1940年に東京オリンピックが企画されたがこれも皇紀2600年に関連したものである。
なお、神武天皇の存在については歴史学上まったく根拠はないし、当然、皇紀についても同様である。

この皇紀2600年の記念の一環として、平安神宮の祭神に孝明天皇が加えられたのです。

さて、その後、戦局の悪化による時代祭りの中止や、1976年の放火事件を経て、現在の姿になったのは1979年のことでございます。

【みどころ】「平安神宮」のみどころ

大極殿・応天門など(重要文化財)

創建(1895年)当初のもの。
第4回内国勧業博覧会の際にモニュメントとして作られ、1976年の放火事件でも焼けずに残ったものです。

 

名勝 平安神宮神苑

山県有朋の別荘である無鄰菴でも作庭を担当した小川治兵衛による庭園。

社殿を取り囲むように東・中・西・南の四つの庭からなる総面積約33000㎡からなる池泉回遊式庭園です。

四季折々の表情を見せてくれる庭園ですので、何度でも行きたくなります。
☆無鄰菴についてはコチラ

【周辺スポット】「平安神宮」の周辺スポット

三大美術館

京都岡崎周辺は文化的施設が多く、中でもこの三大美術館が有名です。

三大美術館とは、京都市美術館・京都国立近代美術館・細見美術館のこと。

特に京都市美術館は1928年昭和天皇即位の礼を記念して作られたもので、その建築にも注目です。

 

京都市動物園

1903年開業の超老舗の動物園です。
トラやライオンの繁殖に日本で初めて成功したことでも知られています。

 

【基本データ】「平安神宮」の基本情報

【アクセス】
市バス「岡崎公園 美術館・平安神宮前」バス停下車徒歩5分
市バス「東山二条」バス停下車徒歩5分
地下鉄東西線「東山」駅徒歩10分
京阪電車「三条」駅、「神宮丸太町」駅下車各徒歩15分
【拝観料】神苑拝観料 大人600円 小人300円
【拝観時間】8:30~17:00
(時代祭り開催日10月22日、3月15日~9月30日は異なる)

*新型コロナウイルス流行前の情報です。

「平安神宮」についての解説動画

★「平安神宮」についての解説動画はコチラから!
『佐京由悠の中学生からの京都の歩き方~修学旅行を100倍楽しむために~』

〔画像:京都フリー写真素材


「佐京由悠の京都の歩き方」
第1回 清水寺編
第2回 六波羅蜜寺編
第3回 八坂神社編
第4回 智積院編
第5回 三十三間堂編
第6回  【特集】豊臣秀吉ゆかりの地
第7回 南禅寺編
第8回 【特集】琵琶湖疏水~初めて電車を走らせた京都の電化事業~
第9回 平安神宮編

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