#18 コバンザメ――像に溺れる

中間テストが終わってしばらくの間、教室には何やら息苦しい空気が充満し続けていた。
一人ひとりがテストの結果を待っているというだけではなくて、結果によってクラス内に生じる微妙な関係性の変化に対して身構えているのだった。

答案が返却されるたび、仲間内で点数を見せ合う生徒たちの表情は、中学の頃に比べてひどく複雑なニュアンスを帯びるようになり、優越と劣等、諦観や嫉妬と、暗く湿った感情があちこちに渦巻いているように思う。

ぼくには結果を見せ合う仲間などいなかったので、卑小な自尊心を満たすため、いつも机の上に答案を放り出していた。
ちらっとぼくの点数を見た他の生徒が、「すっげ」などと漏らして別の仲間に報告に行く、そういう反応にひそかな満足を覚えているのだった。

英語の時間、返却された満点の答案を例によって机に放り出し、通り過ぎていく生徒の体が一瞬、硬直したようになるのを楽しんでいた。
最後に答案を受け取ったヤナガワサンが席に戻ってくるとき、ぼくはわざとらしく上体を起こし、100点がはっきりと目につくようにした。
ヤナガワサンはぼくの点数に気づき、切れ長の目を少しだけ丸くして、ぼくの顔に視線を向けた。
本質的に理解し得ない存在を前にしたときみたいに、彼女は何かを放棄するような薄笑いを浮かべ、「お前、キメーな」と言った。

はじめて投げかけられた「キメ―」の言葉は、けれども不思議とネガティブな感情を喚起しなかった。
むしろこの「キメ―」には、好意的なニュアンスすら含まれているように思えた。
なんであれ、ぼくは彼女に存在を認知されたのだ。
それがたとえ「キモいほどのガリ勉」というイメージであっても、彼女のうちにはぼくの像が形成されたはずだ。

すべての科目で答案返却が済むと、教室には優越と劣等をめぐる情念が燃えかすみたいに残されていた。
文化祭を二週間後に控え、何やら落ち着かない雰囲気のまま、クラスとしてはじめて協力が必要な行事を迎えようとしているのだった。

昼休み、部室棟の階段でパンを食べていると、こちらに向かってくるヤナガワサンの後ろから一人、女子がついて来ているのが見えた。

同じクラスの遠藤瑠美だった。
クラスでも目立つ方のグループに属している遠藤が、なぜだか使い走りの子分じみた態度で、自分よりも一回り小柄なヤナガワサンにしきりに何かを話しかけている。
しかしヤナガワサンは遠藤に取り合う気がない様子で、そちらに目を向けることもなくこちらに歩みを進めてくる。
どういうことなのかわからないけれども、とにかく遠藤はヤナガワサンに取り入ろうとしているらしい。

なんとなく気まずい感じがして、なるべく視線を合わさないようにしていたのだが、無言で通り過ぎていくヤナガワサンのあとを追うかたわら、遠藤はぼくに気づいて足を止めた。

「あれ、梶谷じゃん。こんなとこで何してんの」
「いや、いつもここで食ってるんだけど」
「ふーん。なんか中二っぽい」

悪気もないまま口に出た、といったすまし顔で遠藤は言った。

何か反論しなければと思ったときにはもう、遠藤の視線はヤナガワサンを追っていて、結局言われるままになってしまった。
コバンザメのくせに、と心のなかで三回ほど繰り返し、しかしなぜ遠藤がヤナガワサンに取り入ろうとしているのか、やたらと気にかかりはじめる。


[連載小説]像に溺れる
#0  像に溺れる
#1 「適応」の行方
#2 場違いなオレンジ
#3「孤立」という状況
#4「像」の世界
#5 内面世界による救済
#6 注釈を加えているもの
#7 像の交錯
#8 淘汰されるべきもの
#9 空虚な像
#10 SNSの亡霊
#11 作られた像
#12 脱色と脱臭
#13 標本としての像
#14 抽象と具体の接点
#15 内面と世界の間の通路
#16 仮定法の世界
#17 罰による強制
#18 コバンザメ
#19 小さな変化

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