#20 個別のチャット――像に溺れる

文化祭を十日後に控えたホームルームでは、出し物である脱出ゲームの具体的な中身について、芝原がぬかりなく取り決めを進行していった。

迷路内に仕掛ける罠をめぐるさまざまな提案について、芝原は面白さと実現可能性の二つの観点からクラスの意見を募り、選別していった。
クラス全体の協調は不自然なほどスムーズに行われ、それはあたかも自身の体に巣喰っていた病魔から解放された動物が、自身の健康な肉体の動きを確かめているようだった。

ホームルームの終わり際、早川がクラスのグループチャットを作ることを提案した。
彼女は普段、とくに積極的に発言するタイプではなかったので、教室内は一瞬なにか様子を窺うような雰囲気に包まれたが、すぐに後ろの方から「さんせーい!」の声があがり、それを受けて芝原あゆみが即座に場を仕切り直す。

「準備や当日の連絡にも便利ですし、とりたてて反対意見がないようでしたらグループを作りましょうか。反対意見がある方、あと、スマートフォンがない方はいますか?」

手を挙げる者はいなかった。
ぼくもとくに反対する理由はなかったけれども、後ろから聞こえた声が白沢のものだったことに対し、何やら不穏な意図を感じていたのでもあった。

「では、作成する方向で。強制はしませんので、参加したくない場合には招待を拒否していただいて結構です。このあと私が何人かの代表者と連絡先を交換しますので、ある程度まとめて私の方に来てください。クラスメイトと連絡先を交換していない方は、個別に招待しますので後ほどお越しください。」

そう言って、芝原は岡本先生の方に視線をやった。
岡本先生はとくに自分が言うこともない、という表情をしていたけれど、一言だけ補足した。

 

「皆さんのことだから心配はしていませんが、言葉はときに想像できない形で相手のことを傷つけます。受け取る人の気持ちを考えることだけ、忘れないように」

 

その後、芝原は群がる生徒を手際よく裁き、その日の夜にはクラスのほとんどがグループへの参加を終えていた。
人数的に、参加していないのは二人だけだ。
アカウント名が名前とかけ離れている者もいるので判然としないが、おそらくヤナガワサンと遠藤なのだろうと思われた。

方向性のない雑談が少し続いたあと、芝原が参加者を確認するため、アカウント名と名前を結びつける作業を行った。
結果、やはり参加していないのはヤナガワサンと遠藤だった。

 

――柳川さんには明日、私から意向を聞いておきます。遠藤さんの方は、確か早川さんが誘うとのことでしたが、どうでしたか?

――ちょっと成績のこととかで悩みあるみたいで、今回は積極的に参加したくなさそうな感じ。

――そうですか。それでは、さしあたり今参加している方で決められることは決めておきましょう。

その後、速いテンポでメッセージが流れていくが、発言するのは特定の5、6人だけで、とくにそれで問題なく進むのだろうと思われた。
連続するバイブレーションが鬱陶しかったので、ぼくはグループの通知を切り、「法学入門」の続きを読むことにした。

 

一つの章を読み終える頃、溜まったメッセージを確認してみると、すでに文化祭準備日におけるグループ分けが済んでおり、ToDoリストがクラウド上に共有されていた。
主導していたのは芝原だったけれども、グループの決め方に関して、誘導的な発言が早川によってなされていた。

 

グループ表を見てみると、ぼくは早川と白沢、そして美術部の平山香織と一緒だった。
パンフレットの作成や印刷を担当するらしい。

メッセージを遡ってみても、ぼくがそのグループに組み込まれた意図はわからなかった。
何かしら担当したい役割のある人間から意見を聞いたうえで、芝原が割り振りを行ったようだ。

芝原に決定権を持たせるよう提案したのは早川だった。
なんとなくぼくはそこで、早川と芝原が個別のチャットでやり取りをしているのではないかと直感したのだけれども、しかしそれは証明のしようのないことであり、そうする理由もぼくには想像できなかった。


[連載小説]像に溺れる
#0  像に溺れる
#1 「適応」の行方
#2 場違いなオレンジ
#3「孤立」という状況
#4「像」の世界
#5 内面世界による救済
#6 注釈を加えているもの
#7 像の交錯
#8 淘汰されるべきもの
#9 空虚な像
#10 SNSの亡霊
#11 作られた像
#12 脱色と脱臭
#13 標本としての像
#14 抽象と具体の接点
#15 内面と世界の間の通路
#16 仮定法の世界
#17 罰による強制
#18 コバンザメ
#19 小さな変化
#20 個別のチャット
#21 権力の構造

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