#31 差別の黙殺――像に溺れる

矢川先生がヤナガワサンの机のところまでたどり着き、クラスの空気が一気に重くなる。
各々が心拍数を計測されていたとしたら、きっともうこの段階でタバコの存在は明らかだっただろう。

ヤナガワサンはカバンを無防備に机の上に放り出したまま、頬杖をついて窓の方を眺めている。

「失礼」

そう言って、先生がカバンの中を確認した直後だった。

「なんですかこれは」

ヤナガワサンの眼前に示された先生の手には、黒地にゴールドの印字が入った箱が握られている。
まるでそれが犯罪に用いられた銃であるかのように、教室内は深刻な沈黙に包まれた。

「あなたのもので間違いありませんね?」

冷たい問いかけに、ヤナガワサンは一切姿勢を崩さず外を眺め続けている。

「とにかくこれは没収します。このあと職員室まで来るように」

そう言って、矢川先生は残りの生徒のチェックを進めていく。

隣の列の一番後ろ、遠藤のところで再びクラスに緊張が走る。
けれども、一度ヤナガワサンの検挙現場を経験しているぶん、少し身構える程度の余裕があるようにも感じる。

ぼくは昨日の、遠藤とその彼氏による嘲りを思い出していた。
遠藤が「公開処刑」を受けることで、溜飲を下げることを期待している自分に気づき、ひとり胸を悪くしているのでもあった。

ところが、遠藤のカバンからタバコが見つかることはなかった。
矢川先生は随分長い時間をかけてカバンを検査していた。
正しさを確信する教員が、それを証明できずに苛立つ不穏な時の流れに、ぼくらはみな胃を悪くして、そのうち腐臭が立ちこめてくるのではないかと思われた。

遠藤はずっと先生を睨みつけながらも、緊張に震えているようでもあった。
その姿は臆病なニワトリのようで、いい気味だ、と思うよりもむしろ、理不尽な扱いを受ける姿に同情するような心の動きを感じていた。

不毛な時間のあと、目的のものを発見できなかった矢川先生は、苦し紛れにポーチから化粧品のようなものを取り出し、遠藤の前に提示した。

「化粧品の持ち込みは校則に反します。あなたも職員室に」
「え? おかしいっしょ、あたしだけじゃないじゃん」

遠藤の言う通り、それは明らかに不当な措置だった。
白沢も早川も、教員の目につかない程度にメイクをしているのだ。
遠藤のカバンから目的のタバコが発見されなかったから、検挙理由をすり替えたのは明白だった。

けれども誰一人、遠藤を擁護しようとする者はいなかった。
矢川先生の「違反は違反です」の言葉に、「意味わかんない」と反論の意思を削がれ、遠藤はそのまま黙り込んでしまった。

それは差別が公然と、教室内で黙殺された瞬間だった。
クラス内に友人のいなくなった遠藤が停学になろうと、誰一人気にも留めないだろう。
自分自身が生き抜くだけで精一杯なのに、親しくもない人間のために教員に刃向かう者などいるはずもなかった。

それなのに、ぼくは得体の知れない罪悪感を抱いていた。
長く悪夢に苦しむことを予告されたみたいに、視界は重く暗く、五本の指をイミテーションのように映している。

単純な直感として、あんまりだ、という思いがあった。
それはなにか、ヤナガワサンのカバンから黒いタバコが抜き出された瞬間から、ふつふつと続いていた感情であるように思われた。
わざわざ見せしめのようにする必要が、一体どこにあるだろう。

けれどもぼく自身、遠藤に邪険に扱われたことの溜飲を、教員による不当な扱いによって下げようとしていたではないか……


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