#30 持ち物検査――像に溺れる

校門を出たところに見覚えのある姿があった。

が、それが遠藤であることに気づくまで、妙に長く時間がかかったように思う。
彼女が私服だったから、というのではなかった。
なんというか、行き交う大学生たちの流れの中で、彼女はまだ水槽の中の存在として、ぼくと同族であることが一目で理解できるようなのだった。

学校での彼女は、少なくとも見た目のうえでは大人びていると思っていたのだけれど、そこに立っているのは女子高生以外の何者でもなく、精神の未熟さというか危うさというか、そういうものが表情として浮かび上がっているようにすら見える。

立ち止まっているぼくに遠藤が気づき、驚きの表情を浮かべたあと、一瞬眉間に皺を寄せ視線を切った。
視線そのものを拒絶されたという感じがして、胃のあたりに粘つくような不快感が生じる。
ぼくを邪険に扱えるほど、彼女は上のステージにいるとでもいうのだろうか。

いま、遠藤に嫌悪感を抱かれたとしても、なぜだかさほど気にする必要がないように思えた。
意図的に視線を合わせない遠藤に近づき、声をかけようとしたところで、何を言えばいいのかわからなくなる。
混乱の中浮かんできたのは、白沢と遠藤のイザコザについて、これ以上頭を悩ませたくないという思いだった。

「白沢たちが先生にチクったわけじゃないみたい」

見回りの原因は白沢だったが、直接告げ口をしたわけではない。
白沢の言い分をぼく自身信じているわけではなかったが、これだけ伝えれば、ぼくはもうお役御免であるように思えた。

「は?なに急に」

面倒そうな表情を浮かべているけれども、瞳に宿る関心の色を隠すことができていない。

「タバコ。古賀先生が見回ってたから、疑ってたでしょ」
「それが何?てかなんでいんの?人待ってんだけど」
「いや家そこだし」

弁解を続けようとしたところで、遠藤の背後に男の姿があることに気づく。
茶色い髪に萎縮するが、なんだかあまり似合っていないように見え、眉毛が黒いままだからだと合点する。
威圧するような視線をぼくに向けながら、彼は遠藤の肩に触れた。

振り返る遠藤に対し、男は「何、コイツ」とぼくから視線を外さずに言う。
遠藤は軽蔑するような視線を一度ぼくに向け、「クラスの陰キャ。家この辺なんだって、キモい」と男に身体を寄せる。

男は勝ち誇ったように「陰キャにワンチャンとかねーから」と、遠藤の肩に腕を回し、そのまま駅の方に向かっていった。

とんだとばっちりだ、と思いながらも、遠藤の肩を叩いた瞬間の男の顔が脳裏に焼き付き、消すことができない。
印象の薄い、平べったい顔だったけれども、その分ぼくを打ち消そうという意思が表情の歪みにくっきり刻印されていた。

有名大学の学生でも、あのような行動を取るものなのだろうか。
あの似合わない茶髪の、何がよくて遠藤は彼と付き合っているのだろう。
あるいは、その垢抜けない感じは、大学の校門に似つかわしくない幼さを浮かべていた遠藤とは、かえって釣り合っているのかもしれない。

そう思うと、なんだか腑に落ちる思いがしたが、それで溜飲を下げている自分自身が救われるわけではなかった。

大学を過ぎて住宅街を少し歩いたところに、いかにも喧噪を避けて佇んでいるといった古民家風のカフェがあり、そこに大学生のカップルが入っていく。
洒落た店構えに臆することなく、ぼくはそこへ入っていけるのだろうか。

ふと、遠藤の彼氏が、ぼくのように高校時代を勉強に捧げ、コンプレックスを鬱積させていたのではないかという可能性に思い至る。
ぼくがこのまま大学生になり、できた彼女が自分より明らかに格下の人間に絡まれていたら……それは悍ましい想像だった。
途端にあの男の言動が、自分のことのように恥ずかしく感じられる。

抜き打ちの持ち物検査があったのは、大学の前で遠藤と鉢合わせた翌日の朝のことだった。

担任の岡本先生はいつになく深刻なトーンで、朝、駅周辺で生徒が喫煙しているという報告が外部から寄せられたことを告げ、普段の柔和さが噓のように淡々と、持ち物検査という強引きわまる措置を決定事項としてぼくらに告示した。

先生のトーンに教室は緊張に包まれ、ぼくらはむしろ積極的に自らの疑いを晴らしたいと考えた。
男子のカバンを岡本先生が、女子のカバンは女性の副担任である矢川先生がチェックしていく。
副担任とはほとんど顔を合わせることがないので、女子たちと矢川先生との間には一層緊迫した空気が流れていたが、反抗的態度であらぬ疑いをかけられてはたまらないから、みな従順にカバンを明け渡していった。

はじめから、ヤナガワサンと遠藤以外に疑わしい生徒がいないことは、誰にとっても明らかだった。
ただ、クラスに馴染みのない矢川先生が、揚げ足取りのようにタバコ以外の持ち物を検挙しないかどうかだけが、ぼくらにとっての懸念事項だった。

実際、彼女は事務的にチェックを続けていたが、カツカツと力強く響くヒールの音や、ピンと伸ばした背筋、一切あそびのない言葉遣いに、なにか高圧的な雰囲気を感じないではなかった。


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