#37 ジゴウジトク——像に溺れる【ANOTHER STORY —ヤナガワ—】

いつからか、エレキギターみたいな音が、頭のなかで鳴り続けている。
化石になった脳ミソが、ミキサーにかけられギューン、ギューンと悲鳴をあげる。
私は多分、脳髄をヤラれたニワトリみたいな目をしている。

信号の制御が狂っても、それに従わなきゃしょうがない。
ぜったい事故るとわかっていても、それしか頼れるものはないんだし。
私にとって、この鬱陶しいエレキギターも、もしかするとそういう信号なのかもしれない。

出席日数が足りないと言われた。
わざとらしい困り顔に、脂ぎった汗が滲んでいる。
私の姿が爆弾にでも見えているのかもしれない。
爆発しないことがだいたいわかっている、古びた爆弾。
じっさい私が留年しようと、誰も文句なんかつけたりしない。

ジゴウジトクって、顔に書いてある。昔からずっと、そういう顔をされてきた。
一番はじめのゴウが何だったのか、思い出そうとしてもピンとくるものがない。
たぶん顔も知らない男の子どもに生まれたのがそもそもいけなかったんだろう。

ヤニが切れてる。
思考がヤニに支配されてる。
考えるのは面倒だから、支配されるのがちょうどいい。
イラついているのも、全部ヤニが切れてるせいだ。

2、3年おきに入れ替わるパパ、正確に言えばパパ候補は、前の人がたぶん一番の当たりだった。
お金も持っていたし、塾にも通わせてくれた。

数学が好きになった。
ゴウ、とか関係ないからかもしれない。
国語は全部ゴウの話だからきつい。
人間がみんなシンプルなら国語もいらないはずなのに、親と子、父と母、それだけでやたら話がこじれる。


とくにママの脳みそはシンプルじゃないみたいだった。
前パパ候補が私に金をかけすぎているのが気に食わなかったのかもしれない。
高校に入るくらいでパパ候補が入れ替わった。
その人が今も暫定パパで、家には変な石とか水とかが増え続け、かわりに鏡がなくなって、ママはいつもスッピンになった。

固定のパパがいないことで、とくに困ったことはなかった。
でも、固定のパパがいないと困るのでなきゃ、世間的にはいけないみたいだった。
かわいそう、って言葉は私を物置小屋に閉じ込めた。
小屋を壊すと、ジゴウジトク、がはじまった。

小学校に貧乏ゆすりばっかしてるやつがいた。
そのくせ動作は全部トロかった。土居とかいう名前だった。
喋り出すときいつも、ひょっとこみたいに顔の片側をグシャッとやる癖があった。
脳に詰まった何かを取り除こうとしているように見えた。

皆それを真似てキモがった。
そのくせ鉛筆でつついてみたり黒板消しで叩いてみたり、土居の脳に何かが詰まっていることを、毎日確認しなきゃ気が済まないみたいだった。

首の骨が軋む感じがあった。
あれもギターの音だったのかもしれない。
土居の机に落書きしてるやつの股間を蹴り上げた。

その夜、ママはそいつの親に怒られていた。
「カタオヤの子どもはこれだから」って言葉で、「カワイソウ」は「ジゴウジトク」に変身し、それから私の行動にはいつも「カタオヤだから」がついてまわった。

今もエレキギターが鳴っている。
こいつのせいで、長いこと考えが続かない。
ヤニのせいかもしれない。
どっちにせよ、私の脳は侵食されきっている。

留年を伝えるとママは暫定パパに電話をかけた。
目がずっと泳いでいる。
前のパパと別れたあたりから、ママの目の焦点は世界のどこにも合っていない。
今日はとくに泳いでいる。
というか溺れている。
溺れることで、助けてくれる人を見極めている。

見極めている、はウソだった。
溺れているのは本当だから、見極めている暇なんてない。
差し伸べられればそれが腐った枝だろうと縋りつく。
そいつを救世主だって思い込む。
腐った枝だと気づいて怒り狂う、また溺れる。
一生この人は溺れ続ける。

電話を切ったママは青銅器みたいなデカい方位磁石を取り出し、あちこち指さしながらブツブツ何かを唱えている。
多分針は普通に北と南を示してるっぽいけど文字盤にはなぜだか虫みたいにウネウネした文字が八つの方角に書かれている。

「こっちね」とか言って透明のスプレー容器に入った謎の青い液体をまき散らしはじめた。
なんかプールの臭いがして、一応ただの水ではないらしい。

除菌は空間からウイルスやらを取り除く。
浄化は何から何を取り除く? 私からゴウを? 取り除いたら私は何になる?

ゴウが消えればニコチンまみれの汚い肺もピンクになるのだろうか。


[連載小説]像に溺れる

 

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