片親だとバレたのは高校に入ってすぐだった。
知らないうちに、噂はコバエみたいに増殖して皆の脳を支配していた。
隠すつもりもなかった。
でも黙っていることは隠すことと同じらしかった。
カタオヤ、シューキョー。
トイレで囁かれる秘密は愛され体質だ。
便所にはアガペーが宿ってる。
カワイソウの小屋が私に用意され、たまに遠くから餌付けを試みられる。
抜け出りゃ射殺でジゴウジトクだ。
アーメン。
タバコを吸った。
黒と金が悪趣味でよかった。
JPS。
ジョン・プレイヤー・スペシャル。
特別なジョン・プレイヤー。
ダサいし謎だった。
クサいしムセた。
神の愛はきっとこういう感じだと思った。
カワイソウ小屋に入ってくるやつがいた。
「お前なんで誰とも話さねーの?」とその飼育員は言った。
一方的に喋りつづけて帰りの電車までついてきた。
たぶんゴウを感じないタイプなのだろう。
見上げると雰囲気イケメンだった。
雰囲気イケメンはゴウを感じない。
雰囲気イケメンの飼育員は高橋といった。
「高橋はありふれてるからカイトって読んで」と早々に要求してきた。
それから高橋は自らの名字が全国で3番目に多いこと、いつも中学で「薄っぺらいの方の高橋」と呼ばれて辛かったことをさも重大事のように語った。
世界一どうでもいい、と私は言った。
だよな、と高橋は笑った。キツかった。
それから高橋はしばしば駅までついてきて世界一どうでもいい話を披露し続けた。
どうやら部活のない日はいつもついてくるらしい。
火、木が当番なのだとそのうち知った。
覚えたくない声でも、何度も聞いてりゃ自然と体が反応する。
休み時間、ぐちゃぐちゃの糸くずみたいな音のかたまりから、するっと抜け出すみたいに高橋の声が聞こえてくるようになった。
特別な声みたいに耳に入ってくる割に、中身はたいてい女子とのペラい会話だった。
ペラい方がゴウがなくてモテるのかもしれない。
連絡先の交換を促され、電磁波が魂にヤバいから持たされていないと言った。
鳩みたいな顔をして「え、俺のことそんな嫌?」とか言うのでガチだと言った。
深刻そうに「そっか」と俯き、三秒後に「じゃあ今度遊ぼう」と間抜けな顔を上げた。
なにが「じゃあ」なのかわからなかったが、そのアホ面にはゴウがなかったので付き合ってみることにした。
何度か遊んだが楽しくはなかった。
ゴウを感じないのはよかった。
家のことをちょいちょい聞かれた。
なぜか鏡がないことに一番食いついて、「小さいのでも買えばいいじゃん」とうるさかった。
いつも顔になんか付いてるんだろうか。近くのディスカウントストアまで連れて行かれた。
なぜだかジッポに目が留まった。
鏡面に磨かれているから鏡といえば鏡だった。
金が足りなかったので高橋に千円借りた。
「鏡買うと思ったから貸したのに」と後で文句を言っていた。
鏡じゃん、と言い返したがジッポに映る自分の顔は歪んでいた。
その頃からママがお祈りする時間が増えた。
高橋と遊んで帰るといつも部屋が暗く、笛とか鈴とかの音が鳴ってる。
ママはパソコンに映ったオッサンに向かって何かブツブツ喋っている。
オッサンの画像は笑顔のまま、ママの一方的な祈りを聞き入れている。
学校から真っ直ぐ帰った日には、ママのお祈りがなかった。
お祈りはたぶん、当てつけだったのかもしれない。
高橋との付き合いに、ゴウがしれっと入り込んでくる。
何を思ったのか、高橋は教室でも話しかけてくるようになった。
やたらと視線を感じる。私のゴウを睨む目。
ジゴウジトクの音がしはじめた。
ゴウにまみれた私に、ゴウのない雰囲気イケメンはふさわしくない。
いつのまにか、私はお金目当てで男と付き合う女ってことにされていた。
誰が値をつけたのか、ご丁寧に価格まで設定してあった。
「お前援交してるって噂になってんじゃん、もうちょいみんなと仲良くした方がいいって」
ゴウを感じないことが高橋のゴウだった。
飼育員を首にしてやろうと思った。
JPSに火をつけた。
「え、いや何してん、つーか通学路、人見てるし、いや意味わからん」
突然の処分にテンパっている。
いい気味だった。
わかんねぇならどっか行けよ、と言ったら急に真顔になった。
「しんどいことあったら俺に言えよ」とか抜かす。
肺の内側をアフロヘアーでモゾモゾ擦られているような不快さがあった。
試練のなかの主人公、みたいな顔してる。
きっつ、と思ってタバコを投げた。
高橋がイソイソ拾う。
犬の糞を処理する飼い主だ。
よっぽど飼育員を続けたいらしい。
「教室で話しかけんな」高橋は頷いた。
[連載小説]像に溺れる
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ANOTHER STORY —ヤナガワ— | |
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