
塩をかけられ過ぎたナメクジが消滅して、そうはいっても質量は保存されるわけだから宇宙にナメクジ素材が漂いみんながちょっとだけヌメヌメする、2度目の高1はそういう夢ではじまった。
夢のせいで教室の人間がヌメヌメして見えた。
 地球人に変身しきれてないエイリアンみたいだった。
自分だけ同じ学年を繰り返している。
 なんかの主人公っぽいと思ったけど、去年と一緒の先生もいて気のせいだと気づいた。
 教師と一緒にループした可能性もあるけどさすがにキツい。
一度だけ話しかけられた。変身が得意なタイプのエイリアンだった。
「ねぇ、部活何入る? あ、いきなりごめんね。私、白沢。よろしくね。てか、入学式の日、いなかったよね」
気にかけられているわけじゃないのはなんとなくわかった。
 ジゴウジトク、が副音声でリフレインしてる。
「留年してっから」
 「え、そうなんだ。あ、タメ語で平気?」
 「べつに」
 「ありがと、よろしくね」
別のところにスタスタ去っていった。
 それからは誰にも話しかけられていない。
 いつの間にかエイリアンは私になっていた。

ママにバイトをするように言われた。
 留年の金と、私のツキモノを落とすナントカを買うのに必要らしい。
 バイトは悪くないと思った。
なるべくうるさい場所がよかった。
 パチンコ屋、と思ったが高校生はダメらしい。
 割と近くのボウリング場で募集があったからそこにした。
 玉でピンを倒す。
 シンプルでよかった。
やたらと磨くことを覚えた。
 玉やら床やらずっと磨いていた。
 重い玉を磨くのは苦行感があって、ゴウが落ちていくように思えた。
私に仕事を教えたのは桂木という男だった。
 フリーターでプロボウラーを目指していると言っていた。
 腕は知らないけど、桂木の投げる玉がレーンに響かせる音は好きだった。
 黒光りした桂木のマイボウルは、フロアもピンも、全部ぶっ壊してしまいそうな音をたてる。
桂木は質問の多い男だった。
 趣味やら関心やらが誰にでもあると信じて疑わない。
 よくわからない、と答えても、「え、じゃあ音楽は? 音楽聴かないとかないっしょ」としつこい。
 言われてみれば音楽は聴いていた。
 エレキギターを上書きするためだった。
覚えている名前を挙げると、桂木は「あーそっち系ね、ハードじゃん」とか言っていた。
 エレキギターを上書きするための音が、何かの系統に属するのも変な話だと思った。
 脳内の音に苦しんでいる人間は案外多いのだろうか。

夏になって、バイトに入る日が増えた。
 クーラーは効いていたけど人が多くて暑く、ピンの弾ける音もなんだか湿っていた。
バイト代はほとんどママが持っていった。
 大きい水晶がテーブルの真ん中に置かれた。
 マイボウルだ、と思った。
 ママはこれで生きやすくなる。
 桂木はマイボウルで投げやすくなる。
 たぶん玉はゴウを吸い取ってくれるんだろう。
バイト先に新しく入ってきた大学生の女は、あんまり玉を磨かなかった。
 たぶんこの人は、あんまり自分のゴウとか意識したことがないのだろうと思った。
その女はタバコが嫌いだった。
 桂木のタバコには文句を言わなかったから、もしかすると私のタバコが嫌いなのかもしれなかった。
 バカっぽく見える、育ち悪く見える、子ども産めない、産めてもかわいそう、女子なのに臭いとかありえない――毎回違う言葉だった。

でも確かに臭いのは嫌だな、と思って香水を買った。
 瓶が球体のやつにした。
 持っていればゴウが吸われる。
 プシュッとやればゴウが除去される。
 一石二鳥だと思ったけど、それは勘違いみたいだった。
暫定パパに香水がバレて、今度は娼婦の魂が私を乗っ取っているらしく、私の部屋は虫みたいな文字のお札で埋め尽くされた。
 私の中の娼婦はそのお札が嫌いみたいで部屋に寄りつかなくなった。
 エレキギターがギャンギャンうなる。
桂木の練習を眺めることが増えた。
 調子の良し悪しがなんとなくわかるようになって、悪い時はレーンが腹を下したような音を立てていた。
 そういう日には決まってカラオケと居酒屋に連れて行かれた。
「夏だし髪染めるとかしないの?」と桂木が言った。
 夏と髪染めの関係も、「とか」の意味もわからなかった。
はぁ、と言うと、「美容師やってる友だちがモデル探してんだけど、どう?」とか喰い気味にきて、はぁ、と言ったら、「おっけじゃあ連絡してみるわ」ときた。
 桂木はピンだけじゃなく色んなものを破壊しそうだと思った。
[連載小説]像に溺れる
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