#48 優しい世界――像に溺れる【ANOTHER STORY―ヤナガワ―】

停学を食らった。
髪を黒に戻せと言われて、戻さなかったからだ。
ひどく真っ当な因果関係に安心している自分がいる。

朝のホームルームの段階で呼び出され、学校から追い出されるように帰宅した私に、ママは満足そうに言った。
「しるしが見えない人と関わっても、悪い気が入り込むだけよ。だから、優しい人たちだけの世界に行きましょう」
やっぱりこっちの因果関係はわからない。

ともかくまた、怪しいところに連れて行かれるらしい。
というか、停学のリスクがあるのに黒髪に戻させなかったのは、もともとこれが目的だったのかもしれない。
そう思うと、ママが自分から進んで動いていたことにも納得がいった。

停学になって3日目の明け方、体をゆさゆさ揺すられ起こされる。
薄暗い部屋の中で、目を爛々と輝かせたママが私の顔を覗き込んでいる。
「出発するわよ、お日様と一緒に」
ムダに気取った倒置法にイラッとくる。

時計を見ると、4時20分を過ぎたところだった。
家族旅行かよ、と思うけれども、家族旅行の記憶など私にはなかった。
どっからこのイメージはやってきたんだろう。

食卓にぶるぶると鎮座していた豆腐を流し込み、とりあえず出かける準備をする。
ふと、泊まりなのでは?と嫌な予感がよぎる。
家族旅行のイメージに引っ張られている。
頭の中の他人行儀な私が、ちょっと楽しんでいるような気がする。

家族旅行だって。
想像するだけで頭が痛くなる。
それなのに、どっかで愉快に思っている。
こんな時間だからか、テンションがやたら不安定だ。

5時頃、暫定パパが迎えにやってきた。
「準備はいいかい?」
なぜかドヤ顔気味で問いかけてくる。
準備もクソも、どこに行くのか。
なんかあれだな、桂木とそう変わんねぇなと思う。

とりあえず2泊くらいはできる感じで荷物をまとめた。
期待しているようで腹が立つけど、何に対する苛立ちなのかよくわからない。

高速に乗って2時間ほどで、暫定パパの車はインターを降り、山の中の道に入っていく。
言葉の少ない車の中で、なぜかずっと井上陽水がループしていた。

長いこと坂を上って、耳が変になっていく。
気圧のギャップの外側で陽水があやしく歌っている。
これだけでもう、異世界に連れて行かれそうな気がする。

暫定パパの車はメインの峠道から逸れて、金網で閉ざされたゲートの前で止まる。
向こう側には細い道が続いている。
暫定パパは車から降りて、おもむろに胸ポケットから鍵を取り出し、ゲートの南京錠を外した。
他の誰も体験できない、特別な家族旅行になりそうだ。

5分くらい進むと、突然開けた場所に出た。
東京ドーム何個ぶん、みたいに形容されそうなレベルの敷地が広がっている。
駐車場の向かいから、5段くらいずつやたら広い踊り場のある階段がうねりながら続いて、だいぶ遠くに金色の門が見える。
門への道からいくつも分岐して、それぞれ寺みたいな建物の方に通じている。

たぶんここは、タイガンサマの本拠地なのだろう。
車から降りたママと暫定パパが、甲子園に来た高校球児みたいな顔をしている。

奥の門へと続く道から、最初に分岐する道に入る。
ベタッとした山吹色の壁面に、オフホワイトの屋根が載った寺みたいな建物。
カラーリングのせいで異世界感がヤバい。

二人に続いて中に入ると、ラベンダー色の袈裟っぽい衣装に身を包んだ坊主が立っていた。
何だか見覚えのある顔だけど、気のせいかもしれない。
私を見るなり、なにやら横に引き延ばされたビーバーみたいな笑顔を浮かべる。

「素晴らしい。しるしに満ちている」
その言葉に、ママと暫定パパは満足そうに顔を見合わせる。

「それではこれから3日間、光転の儀を執り行います。何も難しいことはありません。ただ、ありのままに、万有の糸に触れるだけでよいのです」

コウテンノギ? バンユウノイト?
なんとも仰々しい家族旅行にはなりそうだ。


[連載小説]像に溺れる

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