砂の上に美しい着地を決めてみせたので、私の髪はオレンジのまま、2学期が始まった。
なにやら因果がぶっ壊れているけど、事実そうなのだから仕方ない。
よくわからない「しるし」のおかげで、私のすべてはママに受け入れられたらしかった。
ありのままを認めてもらうってのは、こういうことを言うのだろうか。
私の中身は変わってないけど、要するにしるしが大切なのだ。
私のママがおかしいのだろうか。
どの家も結局、似たり寄ったりのようにも思えた。
タイガンサマの代わりに、受験とか就職とか、そういうのが神的なポジションにいるだけで、何にせよ「しるし」が大事なことには変わりがない。
この学校ではみんなが同じしるしを求めてる。
それは数字で示されるからわかりやすい。
それが高いか低いかによって、人間の価値は決められる。
とはいえこれも、どこでも似たようなものなのかもしれない。
価値っていうのは、何かのしるしのことなのだ。
しるしは電子マネーみたいなものらしく、タイガンサマのしるしは学校じゃ通用しない。
同じように、学校のしるしがどこでも通用するわけじゃない。
でもたぶん、学校のしるしの方がユーザーが多いから、それだけ使える場面も増えるのかもしれない。
そのしるしが絶対どこでも通用するはず、なんて信じていると、だいたいヤバい人になる。
だけどある程度は信じておかないと、どこに行ってもうまくいかない。
その辺のバランス感が私にはよくわからない。
ともあれ、タイガンサマ・マネーでは校則違反に対する支払いができないので、普通に呼び出しを食らう。
生活指導の先生は苦手だ。
警察と似ている。
お前は何者かであるはずだろうが、みたいな目で見てくる。
その醜いゴウがお前の本性なんだって、無言で圧をかけてくる。
そのたび、脳ミソの中がギュンギュンうなり、二の腕のあたりで体がギュッと縛られて、贅肉と一緒に煩悩的なあれこれが蒸発し、体が骨と皮だけになってく感じがする。
カタオヤが骨。
シューキョーが皮。
次の日までに髪を黒に戻すことを確約させられる。
約束しなきゃ解放されないんだからしょうがない。
私を約束に向かわせるのは、いつだってそういうプレッシャーだ。
目の前にある重ったるい現実から逃れるために、できもしない約束をする。
期限があるのは嫌なものだ。
向こう側からジワジワ私の形を定めてくる。
プレッシャーから約束が生まれて、約束からプレッシャーが生まれる。
卵とニワトリだ。
ただ、ジリジリ縮まり固められていく自分の型から、ひゅんっと抜け出す魂みたいな、そんな動きを追っかけてみるのは少し楽しい。
忘れることは気持ちがいい。
私はぜんぶ、忘れてしまいたい。
髪の毛の色素と一緒に、記憶も抜け落ちてしまえばいい。
ぜんぶが真っ白に、ぜんぶの時間が今このときだけになってしまえばいい。
駅までの道から少し外れた駐車場で、JPSに火をつけた。
煙を吸い込むと脳がキュッと縮んで、吐くのと同時に弛緩する。
どうでもいいな、と思う。
何がどうでもいいのかわからないけど、それも含めてどうでもいい。
こんなにどうでもいいのに、なぜ約束なんかさせるんだろう。
私の髪がオレンジであることは、私にとってより、むしろ先生にとっての方が、どうでもよくないことなのかもしれない。
舞台装置だ、と思いつく。
私自身はどうでもいいが、舞台装置的に、オレンジのヤツがいるのはちょっとまずい。
……でも、黒髪の私が舞台装置として必要だろうか?
これまで、みんなが私に期待してきたのは、そういうことじゃなかったはずだ。
カワイソウだけどジゴウジトクなカタオヤの子。
教師も警察も、きれいな舞台を整えるフリして、ほんとはそっちを求めてるんじゃないか?
[連載小説]像に溺れる
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