#43 善サイド――像に溺れる【ANOTHER STORY―ヤナガワ―】

暫定パパの車は、酔っ払った桂木の軽とはえらい違いで、巨大な磁石に引っ張られるみたいにまっすぐ走る。

タイヤの音だけかすかに聞こえてくる暗い車内で、無言の暫定パパと、助手席の窓に頭をもたせかけ、これ見よがしに落ち込むママ。
ママのとこだけムンク的なタッチで、一方後ろに座る私の頭はバカみたいに明るく、こっちはゴッホに描かれてもいいくらいだ。

「法に縛られた者は、本質的な事柄をいつも見失うね」

暫定パパがいきなり口を開く。
なにやら警察をディスってるらしい。

「一番苦しいのは、闇に蝕まれている当人だというのに」

人の話の脈絡は、こんなにわからないものだっただろうか。
警察ディスかと思えば、私に対する新手の説教?
ママはその言葉に縋るように、何度も深く頷いている。
桂木と高野といい、もしかして、特別おかしいのは私の方なのかもしれない。

バックミラーに、暫定パパの顔は映っていない。
鏡じゃなくて、後ろにつけたカメラの映像を映し出すタイプになってる。
サイドミラーも同じ。
この車には鏡がない。

暫定パパ達は「鏡は形あるものに対する執着を生む」みたいに言ってるけど、実際は変なものが映っているのが恐いのかもしれない。
目を逸らしたいのに、バカみたいなオレンジが急に視界に入っちゃたまらない。

だけど当然、視界に入れないからってオレンジが黒になるわけじゃない。
とくに暫定パパはママにいいとこ見せなきゃいけない。
オレンジを黒にする魔法でも、オレンジを黒と言い張るペテンでも、ママはきっと喜ぶだろう。

赤信号で止まった拍子に暫定パパがこっちを向いて、私の髪を凝視する。
目線が合わず、髪の方が本体として認識されているみたいだ。

「いたわしい。さぞ辛いだろう。大丈夫、夜が明けたら、菩提の庭に行こう」

ボダイノニワ、という言葉に、ママは驚きやら歓喜やら安堵やら、やたらと芝居がかった表情を浮かべている。
一体何の演目だろう。

部屋に帰って、来てほしくない夜明けを待つ。
髪がオレンジになって、私は一体何になったのか。
全部が面倒で、投げ出そうと思うほど、かえって重たくなっている。

ボダイ、とググる。
煩悩を断った悟りの境地。
きっとゴウがなくなった状態のことだろう。
オレンジの髪で自分じゃなくなれば、ゴウもなくなる気がしたんだけど、どうやら逆効果だったみたいだ。
実際、髪にくっついた焼き肉臭が、いかにも煩悩を感じさせる。

夜が明ける前に逃げようかと思う。
それもまたゴウになりそうだ。
素直についていけばいいのだろうか。
考えるのが面倒になり、もう、なるべく考えない方を選ぼうと思った。

翌朝、クーラーの効いた車内には澄んだ空気が流れていて、それなのにまだ、焼き肉臭が鼻にこびりついている気がする。
朝、シャワーを浴びたのに、やっぱりゴウでも煩悩でも、そう簡単には取り除けないようだ。

菩提の庭は意外と都会の方にあった。
教会とか大使館とかが並んでいる通りに、校庭くらいありそうな敷地が広がっていて、昔の屋敷みたいに内部が一切見えないように仕切られている。

暫定パパがインターホンを押し、ちょっとして白装束の人が出てくる。
腰が低いから、案内係的な人なのだろう。

門をくぐると白い光景が広がっていた。
地面に敷き詰められた白い砂が、太陽光を吸い込み拡散している。
うっすらとお香の匂いが漂ってきた。目から鼻から、私の煩悩を浄化しようとしているのだろうか。

敷地の奥にお寺の本堂みたいな建物がある。
入り口からそこまで、白い砂に浮かんだ島みたいに、モスグリーンの飛び石が敷かれていた。

建物の中に入るとまた空気が違った。
入ってすぐ、正面奥に祭壇みたいなのが見えて、ママがよく祈ってるオッサンの画像が祀られている。

祭壇から何からとにかく金色が多く、照明も強いから眩しくてしかたない。
眩しいのがいいなら、私の髪も善サイドでいいんじゃないだろうか。


[連載小説]像に溺れる

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 ANOTHER STORY —ヤナガワ—
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