#85 グローブボックス――像に溺れる【ANOTHER STORY —ヤナガワ—2】

移動中、私はずっとスマホで火事のニュースについて調べていた。
現場状況についての続報はなかったが、どこからの噂か、彼女が新興宗教にのめり込んでいたという話が出回っていた。
そこからはまるっきり、世間の憶測の風向きが変わってしまって、どうせ自殺か、変な儀式かなにかで事故ったのだと決めつけられている。

決定的だったのは元信者を名乗る人間の投稿で、信者に課せられる毎日の祈祷が、事故の原因ではないかという推測だった。
信者は毎月、5万円を支払い「ニルヴァーナ・エッセンス」と呼ばれる液体を購入する。
それを水に混ぜてやり、火を点すと表面に炎が浮かぶ。
炎を前に心を無にすることで、心身の不浄が洗い流され、何か宇宙的なエネルギーと一体化できる、みたいな話だった。
そこから、「ニルヴァーナ・エッセンス」が事故の原因に違いないという情報が拡散されていった。

ヨネザワは、もしくはヨネザワにあの仕事を依頼した人間は、ニルヴァーナ・エッセンスのことを知って、あえてそれを利用したのだろうか。
彼女を傷つけることだけが目的だったのなら、わざわざ儀式にかこつける必要もない。
何か、宗派間のイザコザ的なものがあるのだろうか。
もしかするとヨネザワも、そういう派閥にどっぷり浸かっていて、これまでの仕事も全部、その争いに関わるものだったのではないか。

飛躍する考えは、体までソワソワさせてくる。
私はその日、運ぶものの中身を見てやろうと思った。
この仕事が悪かどうかなんてどうでもいいが、自分が納得できるかどうかは重要な気がした。
それによって、私は自分のしたことを許せなくなるかもしれないし、あるいはまったく気にも留めなくなるかもしれない。
私は私について判断したいと思った。

荷物を受け取ったのは、古い洋菓子店の奥まった駐車場だった。
いつものように、私とカイドリはただの客として振る舞い、車に戻るとトランクにスーツケースが置かれている。

それから一度、ヨネザワは道路沿いの休憩スペースで荷物を開け、私にグレーのタッパーをメモと一緒に手渡した。
中に入っているのはスマホよりも小さい何かだった。
メモには「黒のセダン グローブボックス」と書かれている。

その後、車が止まったのは中古車屋で、敷地にはおそらく30台くらいの車が並んでいる。
ヨネザワは客を装いながら店員に応対され、いくつかの車を検討するフリをする。
さしあたりそれについていくと、途中、黒い車を通り過ぎるとき、ヨネザワが後ろ手に合図を送ってきた。

ヨネザワはそれとは別の車について商談を進め、「お前ら、外で見てていいから」と残して店員と店内へと入っていった。
カイドリは黒い車とは別の方に向かい、適当に車を眺めたり、ドアを開けて乗り込んだりしている。

私も同じように、黒い車に近づきながら、別の車の中を覗いたりしてみる。
同時に、ジャージのポケットの中でタッパーの封を開け、中身を取り出す。
布のような感触。
お守りか何かだろうか。
ただ、その中にゴリゴリと、BB弾みたいなものがいくつか入っているようだった。

近くの軽の後部座席に乗り込んで、手に取ったそれを目で確認してみる。
やっぱり、お守り――だけどそこには、見覚えのあるマークが刺繍されていた。
太陽のなかの目玉がこっちを見ている。
ママがハマりこんでいた宗教。
体が固まり、水に浮かんだタールみたいにごちゃついた想像が頭を占拠してくる。

今回は、あの宗教団体がターゲット?
逆に、それが依頼主?
もしそうなら、私はここまで泳がされていた?

ふと我に返って仕事を思い出し、慌ててお守りをタッパーに戻して軽自動車の外に出る。
と、こっちの様子を窺っていたらしいカイドリとばっちり目が合った。
バレただろうか。
ともかくさっさと、黒い車の助手席に入り、グローブボックスにそれを放り込んだ。

中のBB弾みたいなものの正体を確認できていないことに気づく。
帰りの車中でずっと、ママを乗せたあの車が突然爆発することを考えていた。
それは特段悲しくもなく、スッキリもしない、ただ後味が悪いだけの想像だった。


[連載小説]像に溺れる

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