#70 示威――像に溺れる

ヤナガワサンとファミレスで話した次の日、昼休み明けに登校してきたヤナガワサンの姿に、教室は静まりかえってしまった。
髪の毛が、ほとんど白に近い金になっていたのだ。

ぼくの前の席についたその金髪は、教室内の意識を引きつけてやまないのだが、同時にそこから異様な斥力が発され、誰一人それを直視しようとはしない。
それは教室に入ってきた先生も同じで、一瞬ギョッと目を見開いたあと、そのまま何も見なかったかのように目を伏せ、出席を取り始める。

授業中、彼女の真後ろから髪を見ているうちに、やたらと毛先が乱れていることに気がついた。
たぶんあのあと、自分でブリーチ剤をかけたのだ。
それはかつてのオレンジの髪とは違って、いかにも急ごしらえの反抗といった、粗野な作業が透けて見える仕上がりをしている。
ダメージを受けた毛先に、ぼくは何だか生身の彼女を――自棄になりながらも救いを求める姿を見ているように思う。

けれどもぼくは、教室で彼女に話しかけることができなかった。
そのまま、帰りのホームルームが終わったあと、ヤナガワサンは教員室に呼び出された。
ぼくは思わず教員室に向かう彼女の後をつけたが、やっぱり声をかけることができない。
教員室前で待つわけにもいかず、ゆっくりと駅の方に向かう。
用もなくコンビニとスーパーに立ち寄り、いつもの倍以上の時間をかけて駅に辿り着いたが、ヤナガワサンの姿を目にすることはなかった。

次の日、朝のホームルーム途中に現れたヤナガワサンの髪は、目に刺さるような赤に染められていた。
皆が呆気にとられるなか、ヤナガワサンは教員室に連れて行かれ、教室には戻ることがなかった。

しかしその日の昼休み、部室棟に向かうと、階段のところにヤナガワサンが腰掛けている。
しかも堂々と、タバコを咥えているのだった。
ぼくの姿を見るなり、何のてらいもなく手を振ってくる。
形式的に手を振り返すが、その赤い髪の女子がヤナガワサンであるという事実を、どうにもまだ理解できていない。
デモンストレーションとしての髪の色。
ただそれだけのために染められた赤は、ヤナガワサン自身を隠しているのか、あるいは剥き出しにしているのか、よくわからないのだった。

「おぉ。停学になったわ」
「いや、何を……」
咥えたタバコを手に取って、ヒラヒラと掲げてみせる。

「停学中にこっちもバレたら退学になりそうだろ?」
そう言って笑う顔が寂しげに映るのは、ぼくの心の問題なのだろうか。

「何が正解かはわからないけど……ヤケになっちゃ後悔すると思う」
「そうかもな。でも、私の信仰はこうだ」
「テロリストみたいになってるよ……」

ヤナガワサンは声をあげて笑った。
自転車で坂を一気に下った時と同じ、鈴を一度に鳴らしたような笑い方だった。

「じゃ、自爆してくるわ」
そう言ってタバコに火をつけると、ヤナガワサンは校舎の方に歩いていった。
その背中は小さく、ぼくでも簡単に押さえつけることができるだろう。
けれどもそれを行動に移すだけの力を、ぼくは持っていない。
ぼくの目に映ったさまざまな彼女の姿、ぼくに投げかけられた彼女の言葉、それらは確かにぼくのうちで渦巻いているのに、何一つ声になってはくれず、もどかしい熱となって奥の方に滞留しつづけている。

ヤナガワサンが何かを思い出したように足をとめ、振り向いた。

「ありがとな」

その言葉を最後に、ぼくが彼女の姿を目にすることはなくなった。


[連載小説]像に溺れる

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 ANOTHER STORY —ヤナガワ—
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