#50 万有の糸――像に溺れる【ANOTHER STORY―ヤナガワ―】

風呂から上がって、全員同じ山吹色の服に着替えさせられた。
Tシャツをそのまま伸ばしたようなワンピースだ。
和を意識した牢獄みたいな、わけのわからない光景になってたが、意外とすぐ慣れてしまった。
キモいことはキモいけど、みんなキモければあんまり気にならないものらしい。

困ったのは、風呂に入っている間に荷物を全部どこかに回収されてしまったことだ。
脱いだ服まで回収されている。
裸の魂には不要なので預からせてもらった、とか宣う。
べつにいいんだけど、タバコが手元にないのは心許ない。

夜は最初に集まった広間で雑魚寝だった。
ドン引きしたが、みんなの魂が裸の状態に近づいているから大丈夫とのことだ。
考えるのが面倒で、ヤニ不足が深刻になる前に寝てしまおうと思った。

甲高い金属音が一定の音階で響きつづけ、まどろむ意識に一本の不快な針金を通してくる。
起き上がってみると、まだ暗い部屋の中で、体を起こしている人影がいくつか確認できる。
そうだ、雑魚寝してたんだと思い出す。
金属音はまだ続いていて、私の幻聴ではなさそうだ。

頭が重く、顔の皮膚がヒリつく。
飯ごう炊さんで日焼けしたのだろうか。
ともかくタバコを吸いたいが、手元にあるはずのそれが見つからず、それがもう私のあずかり知らないところに消えてしまった事実を思い出し、どうにもできずに苛立ちはじめる。

次第に音が大きくなって、同時に音の質も変わっていき、コォーン、コォーンと鐘に似た音になって響きわたる。
ノソノソ人影が起き上がり、見計らったように明かりがついた。
「おはようございます。日が昇るのを見に行きましょう」

ラベンダーのオッサンは、昨日と違ってデラウェアみたいな深い紫色の袈裟を着ている。
眠くて突っ込む気力が湧いてこない。
デラウェアになったオッサンは、さっさと広間から出て行ってしまう。

ガチ勢の人たちが、慌ただしく周りの人々を促し、デラウェアのあとを追うよう指示している。
羊飼いの人間と、犬に、羊。
いつの間にか統率が取れ、山吹色の集団がぞろぞろデラウェアのあとについていく。

なんでみんな従っているのかわからないけど、だいたいどこの組織もそんな感じなのかもしれない。
なにしろ合理的だ。
たいていの人は考えたくないのだから。
私だって何も考えたくない。
このまま底なし沼かなんかに連れて行かれて、何も感じないまま沈んでしまいたいような気すらする。

たどり着いたのは、卒業証書を包む筒をそのまま拡大したような塔だった。
黒と緑っぽい茶色が斑になって、いかめしい感じがする。
内側の階段をぞろぞろ上り、三階くらいの高さだろうか、外側に張り出したベランダというか、清水の舞台的なスペースがある。

視界にはずうっと林が広がっていって、遠くの山へとつながっている。
いい空気だ。
木々の葉脈をめぐりめぐってきたような味がする。

山吹色たちはそろってぼうっと佇んでいる。
眠いがこの場所は心地よかった。
なんとなく、あの世とこの世の間はこんな感じかもしれないと思う。
実際そうだと言われても、割とすんなり信じられる気がした。

向こうの山の背景が色づいていく。
ぼんやりとした明るみが押し上げられていく。
どっちつかずの宙ぶらりんがしばらく続く。

と、しれっと山の裏側から光が差し込み、さっきから見てましたけど、みたいな顔してこっちを照らしてくる。
みるみる視界が眩しくなって、なるほど確かに、さっきから明るかったような気がしてくる。
いつの間にかばっちり目が覚めて、さっきまでの宙ぶらりんが、夢の中の出来事みたいに遠く感じられた。

「万有の糸の存在を、感じることはできましたか? 私たちはあの光の筋から生まれ出で、またそこに帰っていくのです。この世で生を送るなか、この糸が途切れることはありません。それはいずれ帰る場所への道しるべのようなものです」

よくわからなかったけど、悪くないと思った。
日没の、光の筋がプツリと消えてしまう瞬間。
そこに同化できたなら、私の存在もスッキリ消し去ることができるだろう。


[連載小説]像に溺れる

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 ANOTHER STORY —ヤナガワ—

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