#49 ボサツ――像に溺れる【ANOTHER STORY―ヤナガワ―】

案内された広間に出ると、体育館くらいのスペースに結構な人が集まっている。
服装はみんな普通で、偉いポジションの人とかではなさそうだ。
むしろ振る舞いに確信がないというか、羊の群れ感があって、信者かどうかもよくわからない。

家族連れっぽい人たちもいたし、1人で来ている人もいる。
全部でクラス一つぶんくらいか、ちょっと足りないくらい。
特別な家族旅行かと思いきや、実際にはツアー的な、平凡なやつなのかもしれない。

それにしても異様な雰囲気だ。
学校みたいに馴れ合うわけでもないし、べつにピリピリしているわけでもない。
ほとんどの人が、諦めた顔をしている――それはママの昔の顔と同じだ。

わかってますよ、私は救われない側の人間ですから――そんな目をしてるんだけど、ワンチャン誰か助けてくれないかなぁとも考えている。
ガチ勢になったママの顔は、そのワンチャンをモノにできたと信じ切っている表情だ。
だけど今もきっと、ママの表情の下には、救われない側の人間の顔が隠れているように思えた。

ラベンダーのオッサンが出てきて、また例の光と闇がどうとか、代謝がどうとかいう話をしはじめた。
よくわからないけど、コウテンノギってのは要するに一生光の側になれる儀式らしい。
人の世で生きていれば闇に触れることもあるけど、光の因子を魂に根付かせれば、闇に乗っ取られることはない、みたいな話だった。

コウテンノギを執り行うには魂に準備をさせなきゃいけなくて、そのために共同生活を送ると。
他人の裸の魂に触れれば、自分の魂も裸になって、いい感じに光が根付くようになるらしい。
光とか闇とか裸とか、フワッとした比喩が当たり前に使われて、実際に何をするのかはまったくわからない。

周りを見ると、やっぱりキョトンとしている人が多くて、暫定パパとママみたいに確信を込めて頷いている人はほとんどいない。
と、怪訝そうな顔をしている男と目が合った。
歳は結構近そうだ。
隣に母親と思しき人がいて、そっちは熱心にオッサンの話に聞き入っている。
母親っぽい人から視線を戻すと、男は気まずそうに目を逸らした。

裸の魂がどうこう言っていた割には、特に変わったことをやらされるわけではなかった。
やたら広い庭に飯ごう炊さんセットみたいなのが並べられていて、4人グループで飯を作るよう言われた。

いや初見じゃ無理じゃね、と思ったが、どうやらガチ勢の人たちは皆これを経験しているみたいで、グループに1人はガチの人が配置されているのだった。
私のグループのガチ勢はさっきの男の母親で、普通に優しく次の行動を指示してくる。
ジャガイモの皮を剥いただけで褒められた。
芽までキレイに取ったのがよかったらしい。

最初はしぶしぶ動いていた大学生くらいの男も、煽てられて自然とテキパキ動くようになっている。
もう1人、ひげもじゃの男は最初から無心で作業していたけど、声をかけられればはにかむ感じで、心を開いているようだった。
ボサツ、という言葉が浮かんだ。

ジャガイモのスープとキノコご飯ができた。
建物に比べて色彩のなさがエグかったけど、普通にがっつり食えた。
「自分で苦労して作るとおいしいでしょう」
聞いたような言葉に、いつもはイラッとしそうだけれど、このときは納得してしまった。

違うグループから、さっきの男がこっちを見ていることに気がついた。
私じゃなくて、母親の方に視線を向けている。
睨むような目つきだ。
これだけボサツっぽい母がいれば幸せそうなものだが、そう単純な話でもないんだろう。
親がいて子どもがいれば、それだけでもうゴウが生まれる条件としては十分だ。


[連載小説]像に溺れる

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