
「着いた。適当にメシ食ってこい」
 へんぴな定食屋の、おかしな配置をした駐車場だった。
 店は通りに面しているが、手前の路地を入ってうねった上り坂を少し進むと、舗装が途切れて林になり、ちょうど踊り場のように間にできたスペースが駐車場になっている。
 ヨネザワが私に千円札を三枚渡す。
 カイドリがマスクだけして車を降りるのを見て、私も同じようにする。
 毎回違うところで違うことをするから、とりあえず二人のマネをしていくほかない。

カイドリは入り口から一番近い席に腰を下ろした。
 無造作にメニューを手にして数秒考え、こっちに渡しながらカツカレーの文字を指さす。
 店員を呼び、ざるそばとカツカレーを頼んだ。
駐車場でヨネザワが何をしているのか、考えるでもなく考えているうち、頼んだものが運ばれてくる。
 目の前にカツカレーが置かれるやいなや、カイドリはスプーンをカツに突き立てる。
 どこかで生まれ飼われて屠殺された豚が、運ばれ刻まれカラっと揚げられカレーまみれでカイドリの胃の中に入っていく。
 やたらとデカい一口で、スプーンに山盛りになったカレーとトンカツが吸い込まれ、おざなりな咀嚼で飲み込まれていく。
 物言わぬ口が純粋な捕食器官に見えてくる。
 カイドリの細い体のなかには、ほとんど消化器しか入っていないのかもしれない。
車に戻ると、ヨネザワは窓も開けずにタバコを吸っていた。
 とくに何かが変わった様子はないのだけれど、なぜだかヨネザワの喫煙が、何かの証拠隠滅のようにも見えた。
 ともかく私もその隠滅作業に加担し、車内は朝の高原みたいに靄だらけになった。
 ヨネザワは気にせず車を発進させる。
荷室に小さめのスーツケースが転がっていることに気づく。
 突然現れ、荷物を置いて消えた旅行者。
 そんなイメージがよぎる。
 あるいは、妻に出張と言って出てきたが、林の中で自殺を決行するサラリーマン。
 下道を2時間ほど進む間、スーツケースをめぐる想像は尽きなかった。
ヨネザワは住宅街のコインパーキングに車を停めると、荷室のスーツケースから仕事用のカバンに何かを移し替えた。
 それから今度はオレンジ色の作業着をスーツケースから取り出し、「これ着といて。顔もな」といって手渡してくる。
 広げると、胸になにやら廃品回収業者のロゴが入っている。
 ともかく服の上から羽織り、帽子とマスクとメガネを装着する。

ヨネザワは古い一軒家の前で立ち止まった。
 チャイムを押すと、70歳は超えているだろうか、不健康そうに痩せた白髪の女性が「急なお願いですみません」と伏し目がちに出てくる。
 「いえいえ、ちょうど空いていてよかったです」といって玄関に入るヨネザワに、付属品みたいに続いていく。
「こっちの方で、引き取ってもらいたいものはある程度まとめたんですが」
 居間に広がるポリ袋の山を指し、女性は言った。
 「ちょっと見てみますね」と、ヨネザワは私たちに目配せする。
 カイドリに習ってポリ袋を開いていくと、食器やらラジカセやらカバンやら、使い古した品が乱雑に放り込まれていた。
 カイドリはそれっぽく中身を確認するフリをしているだけのようだ。
 私もたまに掃除機のノズルとかを手に取って首を傾げてみたりしながら、袋を次々に開けていく。
 一通り見たところでカイドリがヨネザワに向かって頷いた。
「この辺は問題ないですね、あと大きいものは?」
 「ええっと、そうしたら、二階にあるものとか、できるだけ持っていってもらおうかしら」
 聞きながら、ヨネザワはリュックのなかから軍手を三組取り出し、私たちに渡す。
 軍手を受け取った私の手には、一緒に小さな紙切れが置いてあった。
 「ポリ袋、表に出しといて」
 そう言って、私を残して二階に上がっていった。
紙には「ビンをキッチン下に」という走り書きがあった。
 ヨネザワのリュックを覗くと、何かの液体が入った瓶がある。
 ラベルのない瓶に入った液体は不気味で、とりあえず軍手をしてから取り出してみる。
 少し褐色で、たゆんととろみのある液体は、直感からして身体に致命的な影響を与える何かに違いなかった。
[連載小説]像に溺れる
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