#74 会遇――像に溺れる

巨大な球体を囲む人々は、奇妙な仕方で互いの手を取り合った。
「手を交差して。こうやって、左手で、右にいる人の手の甲を握ってあげて」
長浜さんはそう言って、手を体の前で交差させ、ぼくの右手の甲を握った。
ともあれ同じように、右の人の手を握る。

「こうすることで、私たちは助け合っているの。あなたは誰かの手を取ってあげることもできるし、誰かに手を差し伸べてもらえることもある」
彼女が何を言っているのか、理解する余裕はなかった。

輪が完成した途端、人々は一斉にお経のようなものを唱えはじめる。
照明が落ち、中央の球体だけがスポットライトに照らし出された。

と、輪の中から1人の男性が前に抜け出し、球体の方に近づいていく。
彼が手をかざすと、外装の一部がスライドし、人が通れるくらいの入り口が現れた。
男が中に入ると、入り口が閉まり、球の全体がまだらな赤色に光りはじめた。

数十秒ほどして球が白に戻ると、再び入り口が開き、さっきの男が出てくる。
とくに変わった様子はないが、もとの位置に戻りながら、なぜだか仲間の方に向かって左手の甲を掲げている。
それを見た人々は、喜びをあらわに、祝福する様子を見せた。
「しるしを受け取ったの。手の甲に、大願さまのしるしが刻まれるわ」

ぼくの理解を置き去りに、人々は順々に球へと入っていく。
みな、出てきて仲間の方に手の甲を示すが、リアクションはそれぞれ異なっている。
「大願さまはその人の現状に応じたしるしを与えてくれるの」
タロットカードみたいなものだろうか。

混乱したまま、ぼくの番が近づいてくる。
「入ったら、すべてわかるわ」
長浜さんの言葉がかえって不安をあおる。

ぼくの隣の男性が戻ってきたとき、その手には虹と思しき模様が刻まれていた。
周りが祝福しているようなので、ぼくもそれらしく感心したような様子を取り繕う。

そのまま球体の方に近寄り、皆がしていたのと同じように手をかざす。
扉が開いたことに安堵しながら中に入ると、内側にはまた、黒い大理石が全面的に張り巡らされている。
中央にはやはり、胸の高さほどある白い球体。
近づくと、球の上部に穴が開いている。
ここに手を入れるのだろう。


差し込んでみると、ゆるやかに手のひらを象ったような凹凸があり、位置を合わせられるようになっていた。
固定して間もなく、甲にスタンプを押されたような感触があった。
引き抜くと、なにやら植物の蕾めいた模様が浮かんでいる。

外に出て、長浜さんの方に左手を掲げながら戻る。
それを目にした人々は、慈愛のこもったまなざしをぼくに向けてきた。

「あなたには、光と水を与えてくれる人が必要ね」
そう言って、今度は長浜さんが球体へと入っていった。

戻ってきた彼女の手の甲には、炎のようなマークが刻まれている。
「いやねぇ、この歳になって、エネルギーがめらめら燃えてるのよ」
恥ずかしそうに長浜さんが笑う。

「全員が終わったらね、それぞれのしるしが合致する人を見つけるの。あなたの場合は、太陽とか、水かしらね。あなたは今回、与えられる側。与える側の人を見つけて、悩みを告白して。そうすれば、きっと何かのヒントが得られるわ」
あらためて見渡すと、見知った顔はごく一部だった。
言葉を交わしたことのある人は3人しかいない。
「与える側」の人を見つける作業を思い、気が遠くなる。

けれどもそれは杞憂だった。
ぼく以外の人たちはほとんど互いに見知った間柄なので、スムーズにペアができていく。
候補はすぐに絞られていき、ぼくの手を見た30代くらいの女性が話しかけてきた。
「きっとあなたね。私は、ほら」
そういって差し出された手の甲には、太陽のマークが描かれている。
「大願さまのしるしには、いつも必然性があるの。きっとあなたは、助けが必要なのね。私に話せることがあったら、話してみて」

促されるまま、ぼくは再び後藤を捻挫させてしまったことについて話した。
運動が苦手なこと、醜い功名心が芽生えていたこと、後藤のケガが体育祭の結果に影響したことまで、ぼくは何一つ疑うことなく話していた。

女性は話を聞きながら、ぼくの手を取っていた。
見ると、どのペアも傾聴する側が話す者の手を取っている。
手の感触があるだけで、なにか居場所の確からしさのようなものを感じることができた。

話を聞いたあと、太陽の女性はぼくに、後藤に真摯に謝ることでぼく自身も救われるはずだ、ということを語った。


[連載小説]像に溺れる

第1
第2
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 ANOTHER STORY —ヤナガワ—
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