#93 又候――像に溺れる【ANOTHER STORY —ヤナガワ—2】

ナカモトの軽自動車はけたたましい音を上げながら、しかしピッタリ法定速度で、ヨタヨタ頼りなく進んでいる。
前席にデカい男が並ぶものだから、視界が狭くて仕方がない。

「来るなら役割を果たせ。お前の判断が誰かの死に直結する」
ナカモトが不機嫌そうに口を開いた。
バックミラーに映る目には光がなく、その奥の表情を見通すことができない。

黙っている私に、ナカモトはもう一度、神経質そうな視線を向ける。
「教団に対して、個人的な恨みを晴らそうとするんじゃねぇぞ」
「してないし。つーか何でそれ知ってんの」
「なんだ、何も聞いていないんだな」
そう言って、隣のヨネザワを咎めるように見る。
ヨネザワは聞こえないふりをするように、窓を開けタバコに火をつけた。

「何の話?」
私の言葉に対し、ナカモトはミラー越しに何かを推し量るような目を向けてくる。

「お前、というか隣のキノコ頭もだ。もともとお前らも、あのガキと変わらん状況にいた」

何を告げられているのかすぐにはわからず、中身の知れない古びた段ボールを押し付けられたような、どんより不穏な感覚だけがある。
カイドリの方を見るが、聞こえていないのか、最初から知っていたのか、眉一つ動かさずスマホを弄りつづけている。

「何それ。どっかに売られてたかもってこと?」
「こいつに拾われていなかったらな」
いまいち実感が湧かなかった。
ママに愛情があるなどと思っていないが、あの人にそういう決断ができるようには思えない。

「お前の母親に取り入っていた男がいただろう。あれがブローカーみたいなもんだ。お前らのように、学校生活に馴染めない子どもの親を標的にする。教団に入信させつつ、私的な関係を結ぶわけだ。信仰と信頼は洗脳状態を生む。どっぷり依存させた後、子どもを教団の海外施設に預けてみないか、と持ちかけてくる。話の上では、費用のかからない留学って体だ」

眉唾な話にも思えたが、あの人なら普通にその手口に引っかかりそうな気もする。

「売られたらどうなんの?」
「お前らくらいの年齢であれば、実際にどこかの施設に入ることになる。表向きは非営利の教育機関。実際は、ガキを労働力として斡旋している」
「そんなこと、どこでできるんだよ」
「政府の腐敗と企業の搾取はファストフードよりも普遍的だ。どこででも起きうるさ」
「さすがに親も気づくんじゃないの」
「気にしちゃいないさ。見せかけの良心でどうにか育てちゃいるが、実際子どもを厄介に思っている親なんて掃いて捨てるほどいる。そういう親を嗅ぎ分けるんだ。体よく捨てられる名目を与えてやりゃ、あとは見て見ぬふりだ」

確かに実際、そんなもんな気がした。
私がどこで何をしていようが、あの人は自分の都合で私を思い出し、たまに悲劇のヒロインになったりして、男の気を引こうとするだろう。

着いたのは辺鄙なビジネスホテルだった。
チェックインするなりヨネザワは自販機でビールを買い込み、部屋につくまでの間に一缶飲み干してしまった。

「本山に行ったことがあると言ったな」
再び図面を広げた図面をトントン指さし、ナカモトは言った。
「一回だけ。裏山の方で色々させられたけど、小屋みたいなのはなかったと思う。川の向こうには行ってないから、そっち側かも」
「場所が割れているのは両方川の外側にあるな。おそらくその見立ては正しいだろう」
ナカモトもビールの蓋を開けた。
「川沿いに侵入するか」
そう言いながら、ヨネザワは空いた二本目をガシャリと潰す。
「二キロほど上流にキャンプ場があるな。そこから下っていけばいいだろう」

淡々と話を進める二人の様子に、思いのほかスムーズに事が運べるのではないかと思えてくる。
しかし、まともに策が練られていたのはこの時だけだった。
二人とも間もなく酔っ払い、面倒な論戦を繰り広げていったからだ。


[連載小説]像に溺れる

第1
第2
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第4
 ANOTHER STORY —ヤナガワ—2

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