次の日の朝、私は仕事に出向かず、家でマツシマと待機しているように言われた。
たぶん前日に、私が運んだものの中身を覗き見たことがバレたのだろう。
ヨネザワとカイドリが出て行ってから、マツシマは「ちょっとお茶にでも行きましょうか」と、私の返事を待たずに身支度をしはじめた。
ヨソ行きのマツシマは、思いのほか派手にメイクを決め込み、魔術のひとつやふたつなら使えそうな風貌になっていた。
タクシーでの移動中、マツシマは一言も発さず、何やらVIP感を出してきていた。
連れてこられたのはいかにも高級そうなホテルのカフェで、なにやらシツジっぽい人に案内され、応接間みたいな個室に通される。
メニューには豆の種類がごちゃごちゃ並び、どれが普通のコーヒーなのかわからない。
結局、マツシマと同じように謎のブレンドとタルトを注文したが、出されたのは何の変哲もないコーヒーだった。
コーヒーが届くなり、マツシマは途端にスナックのママみたいな雰囲気で話しはじめる。
「気に病んでいるのね。前にも言ったけれど、過ぎたことに囚われるのはよくないわ」
何にも具体的な言葉がないので、何のことだかさっぱりわからない。
黙っていると、マツシマは仕方なさそうに言葉を続ける。
「もしかしたら、私たちに裏切られると思ってるかもしれない。でも、そういうことにはならないから安心して。たまたま、あなたの過去と重なることがあったかもしれないけれど、ヨネザワはずっと、こういうことをやり続けているの」
「宗教団体を潰そうとしてるってこと?」
「そんなに大きな話じゃないわ。ただ、彼自身はそれに近いことを考えているかもしれないけれど。重要なのは思想。彼は何より、人を縛り付ける思想を憎んでる。それを人に刷り込む教育もね。だから、あの団体にもし思い入れがあるのなら、いつでも私たちのもとを去っていっていいからね」
「別に、そんなんじゃないけど。あの家を燃やしたのは、何か思想と関係あんの?」
雲を掴むような話に自分が苛立っているのを感じる。
マツシマは溜め息を挟んで話し続けた。
「過ぎた話はしたくないけれど。そうね、あのことで、呪縛から解き放たれる人もいるってこと」
「ニルヴァーナ・エッセンスだっけ? あれが嘘っぱちだって知らしめるために、わざわざ爆発まで起こしたの?」
「単純に言えばそういうことね。あとは、彼女はあの商法に深く関わっていた。これでこの話はおしまい。納得できなければ、いつでも出て行って構わない」
納得するにも材料が足りなかった。
いや、爆発を引き起こしたことを納得しようとしている時点で、そもそも私はヨネザワたちと近い立場にいるのかもしれない。
実際、ママを騙くらかす胡散臭い品々を、何度破壊しようと思ったかわからない。
タルトが運ばれてきた。
思っていたサイズの3倍くらいデカい。
「罪悪感は、いつも後付けの感情だわ。生まれてから叱られることがなければ、罪悪感もなくなる。そう思わない?」
フォークを手に取りながら、突然マツシマが話を変える。
何の話かと思ったが、私の沈黙を後悔か何かだと勘違いしているようだ。
「このタルトもそうでしょう? 体重が増えたり、お腹を壊したりした経験がなければ、甘いもので罪悪感を抱くなんてないはずよ」
聞きたい内容から脱線してしまったが、とりあえず全部聞くことにした。
「罪の意識の元をたどれば、いつも誰かからの批難か、過去の失敗がある。もしかすると、批難だけかもしれないわね。結局、体重が増えるのも、みっともないと思われたくないからでしょう。
あなたが罪悪感を抱いているとしたら、それもきっと、過去のつまらない批難から生まれたものよ。過去の話はしないっていうのは、そういうこと。それはいつも、あなたの足を引っ張るから」
罪悪感など抱いていないが、きっとマツシマの言うことは正しいのだと思った。
私は過去に、誰かを傷つけちゃいけないとか、そういうことをあんまり言われてこなかった気がするから。
誰かを害することがいけないことなのだと、誰かにきつく言われていれば、マツシマの言う通りになっていたのかもしれない。
しかし私は、何をいけないと言われて生きてきたんだろう。
なんだか、存在することそのものを否定されてきた気がするのだが、そうなると私は生きていることそのものに罪悪感を覚えなきゃいけないことになる。
私は、自分が生きていることを罪と感じているのだろうか。
そういうこともあるのかもしれないが、実際のところよくわからない。
デカいタルトは異様にうまくて、とりあえず私はこのまま、ヨネザワたちのもとに留まることに決めた。
[連載小説]像に溺れる
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