#92 座標――像に溺れる【ANOTHER STORY —ヤナガワ—2】

教団の本山へと向かう車中、ダッシュボードのところでヨネザワのスマホが震えた。
エアコンの吹き出し口に粗悪なアームで固定しているので、振動が増幅されて不快な音を立てる。
ヨネザワはちらと画面の名前を確認すると、ハンズフリーで通話を開始した。

「何だ」
「突入は待て。敷地の図面を届ける」
コミュニケーションを端から拒むような、低くこもった声。
「データで送れ」
「行事表を送っただろう。今日は定例会で出入りが多い。侵入するなら明日だ」

ヨネザワは大きな舌打ちをして電話を切り、不服な犬のように背筋を曲げ、乱暴な操作で車をUターンさせた。
山を下り、まっすぐ伸びた国道を、ボエーっと間抜けな音を響かせながら一定の速度で進んでいく。

「誰?」
「ナカモト。ブン屋崩れの、情報屋みてぇなもんだ」

それ以上の説明を求めても無駄そうなので、そのまま黙っていることにした。
ヨネザワはファミレスに車を止め、店に入るなり唐揚げとビールを頼んだ。

「おい」
「いいんだよ」

そう言って、運ばれてきたグラスを一気に飲み干し、何やら回想でもはじめそうな表情になって、空のグラスを見つめている。
直視にたえないキモさにカイドリの方に目を向けると、タッチパネルでローストビーフ丼を頼もうとしていた。
私の視線に気づき、何食わぬ顔でパネルをこっちに寄こしてきた。

ポチポチ操作していると、ポテトとドリンクバーに意識が向いて、そこにはなにか、かつての習性の搾りカスが、記憶のなかでゆらゆら揺らめくような感覚があった。
ファミレスでポテトをチンタラほおばる時間が、私のなかで吹き溜まりながら、かすかに私の心を吸い寄せる引力を生じさせていた。

ヨネザワが2杯のビールとおそらく5杯くらいのハイボールを飲み干したころ、席に痩せ細ったロン毛の男がヌッと寄ってきた。
私はその男がキリストに似ていると思ったが、ヨネザワはキリストに「おせぇよ」と不躾な態度を取る。
さっきの電話の、ナカモトだった。

ナカモトはとくに神聖な力などは使わず、席に座るとカバンから一枚の図面を取り出した。
「子どもの監禁場所は、境内にはない。こっちの、森のはずれにいくつか小屋があるそうだ」
そう言って、図面の左半分に広がる空白地帯をぐるぐる指し示す。
「どんだけ広いんだ、こりゃ」
ヨネザワはズワイガニの脚みたいな指で頬をポリポリ掻いた。
「直径四キロってとこか」
「絞れてないのか」
「二つ座標はわかっている。が、それで全部かはわからない」
「オリエンテーリングかよ」
スキンヘッドを手のひらでポンポンやっている。
絶対にその手で触ってほしくないと思う。

「つーか私、ここ行ったことある」

私の言葉に、ナカモトがはじめてこっちに気づいたみたいな目を向ける。

「こいつらも連れてくつもりか?」
私の言葉を無視して、ナカモトはヨネザワに問いかけた。
「本人次第だ」
ヨネザワは心底興味がなさそうに、両手をスキンヘッドの上に組みながら答えた。

「私がコーウを助ける」

キレ気味で言うと、ナカモトは面倒そうにため息をつき、「場所を変えるぞ」と席を立った。
店を出て、促されるままナカモトの軽自動車に乗り込む。
金属の不快な摩擦音とともにエンジンがぶるるるっと回りはじめ、ぬるくヤニ臭い風がエアコンから噴き出してきた。


[連載小説]像に溺れる

第1
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第4
 ANOTHER STORY —ヤナガワ—2

 

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