#90 光の螺旋――像に溺れる【ANOTHER STORY —ヤナガワ—2】

「おぉ、いい子、いい子。こんなにかわいいのに……あの女」
途端に変わったトーンに、今度は私の体がこわばる。

「あの女、タカユキの稼いだお金を変な宗教に遣いこんで。タカユキは会うたびやつれているのに、ずっとあの女を庇うの。洗脳されてる。連絡もどんどん来なくなって、子どもが生まれたことも報告だけ。何かと理由をつけて、会わせちゃくれない。久々に連絡が来たと思ったら、孫に会いたいならここに行ってくれっていう手紙だけ。本当に、何がどうなっているのかわからない」

目を見開きながら話す女性に、ヨネザワは深い共感を示しながら言った。

「大変申し上げにくいのですが、まず現在、光有くんは育児放棄のような環境に置かれています。これは、タカユキ様の奥様の光有くんに対する態度が急変したことが原因のようです。
もともと奥様は光有くんを溺愛しており、お話のように、外部の人間に触れさせることを極端に避けていました。奇妙にも、夫であるタカユキ様が近寄ることすら嫌っていたといいます」

女性は険しい顔で沈黙したあと、はっとした表情で顔を上げる。

「あの女、もしかして、タカユキを裏切っていたんじゃないでしょうね」

今度はヨネザワが眉間に皺を寄せる。
まぶたを重々しく閉じながら、ゆっくり頷いた。

「残念ながら、そのようです。不審に思ったタカユキ様の問いかけに奥様は、光有くんが教祖との子であることを仄めかしました。『光の子どもを育てることで、あなたの魂も高められる』などと告げたそうです」

女性はうなだれ、何か呪いのような言葉を低く呟いている。

「タカユキ様は離婚を希望しましたが、知人に相談し、一度DNA検査を受けてから話を進めるよう促されました。しかし、奥様はそれを断固として拒否しつづけていました。物質的なものは証としての意味をもたないと」

さっきから、光とか証とか、いやな記憶が掘り返される。
どの宗教も、似たような言葉ばかり使いまわす。

「しびれを切らし、タカユキ様は奥様に黙ってDNA検査を行いました。しかしそこで、光有くんがタカユキ様の実子であるという結果が出たんです。自身の子であることがわかり、タカユキ様は奥様にすべてを一からやり直すよう提案しました。ところが、奥様は検査結果に愕然とし、光有くんへの感情を途端に失ってしまいました。その様子にタカユキ様はひどく傷つき、現在精神科で治療を……」

女性がテーブルを強く叩いた。
手のひらが、というより全身が怒りで震えている。

「これから、光有はどうなるのでしょう。離婚して、こちらで引き取ることはできないんですか」

女性の質問に、ヨネザワは首をぐに、ぐにと左右に曲げ、もったいぶった態度を取る。
そうして、いつものキモいへの字の眉毛で答えた。

「むしろ今、引き取られてはいかがでしょう」

女性はいささか面食らったような顔をして、「そんなことが許されるの?」と返す。

「許されるも何も、現状、それが最善と思われます」

「でも、法律とか、問題ないのかしら」

「タカユキ様からは、お母様が許すのであれば、しばらく任せたいと言われています。奥様も冷静な判断を下せる状態にありません。今、光有くんを救えるのはお母様しかいないんです」

女性はみるみる決意した表情になっていき、「そうね、そうよね」と自分に言い聞かせるように繰り返す。
私にはどう見ても、詐欺師に乗せられているようにしか映らない。

結局、次の日コーウは彼の祖母に引き取られていった。
それがコーウにとって望ましいことなのか、あるいはこの顛末が誰かを救ったことになるのか、私にはわからなかった。

女性の姿が見えなくなってから、ヨネザワは「血のつながりなんて、わからんもんだね」と呟いた。
私はその意味をしばらく考え、しかしどうにも判然とせず、ともかくヨネザワが女性に対してした説明のうちには、きっと大きな嘘が含まれているのだと思った。


[連載小説]像に溺れる

第1
第2
第3
 ANOTHER STORY —ヤナガワ—
第4
 ANOTHER STORY —ヤナガワ—2
広告

※本記事はプロモーションを含む場合があります。

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事